魚の熟成がブームになっていますね。新鮮なお魚も美味しいですが、熟成させた方が魚の旨味が出てきて、さらに美味しいです。
その一方で、魚の熟成は失敗すると食中毒という重大な結果を招きます。
また、はじめて熟成魚にチャレンジするときって、そもそも熟成に成功しているのか失敗しているのか、判断できないという人もいらっしゃるのではないでしょうか?
魚から糸が引いたのだけど、熟成すると糸を引くものなのかしら?
失敗すれば重大な結果を招く可能性のある魚の熟成。だからこそ、正しい知識と技術が求められます。
この記事では、美味しい熟成魚を安全に楽しむための基礎知識と、失敗しないたのポイント、失敗の判断基準を紹介します。
魚の熟成に失敗しないための基礎知識
まずは魚の熟成に失敗しないために、熟成に関する基礎的な知識についてみていきましょう。
魚の熟成とは
魚の熟成とは、時間をかけて魚のうまみ成分を引き出すことをいいます。途中で失敗すると腐敗します。魚のうまみ成分は、大きく分けて二つのグループがあります。
- ATP(アデノシン三リン酸)由来のうまみ成分:イノシン酸
- タンパク質由来のうまみ成分:アミノ酸(グルタミン酸やアスパラギン酸)
ATPとは体を動かすエネルギー源で、生きている間は活動して消費しても再合成されるサイクルがあります。
しかし、死んでしまうとATPが再合成されるサイクルはストップしてしまい、ATPはうまみ成分であるイノシン酸へと変化していきます。
タンパク質は20種類のアミノ酸から構成されていますが、魚の死後、タンパク質は酵素の力でアミノ酸に分解されていきます。
分解されてアミノ酸になるとうまみや甘みを感じるようになります。
この仕組みによりうまみ成分が増加し、美味しい熟成魚ができあがります。
熟成が進むと消えてしまうイノシン酸
魚を熟成させることによりうまみ成分が増えることで美味しくなるのですが、すべてのうまみ成分が熟成期間に比例して増えるわけではありません。
魚の種類や諸条件により変わりますが、うまみ成分のうちイノシン酸が生成されるのは、魚の死後4時間~72時間でピークに達し、その後は減少します。
イノシン酸含有量のピークを迎えるのが早い魚ほど、うまみ成分であるイノシン酸の減少も早く始まる(味が落ちるのが早い)という事です。
うまみ成分がピークに達するのが4時間~72時間ということは、釣ってから食卓にあがるまでの時間を考えたら、やはり鮮度が大事ということになりますね。
イノシン酸のみに注目すると、そういうことになりますね。
冷蔵保存で、生食用の品質を長期間維持するのは難しいというのが常識とされてきたのも、この点が重視されてきたためでしょう。
熟成が進むと増えていくアミノ酸
しかし、「冷蔵保存で、生食用の品質を長期間維持するのは難しいという常識」が覆りつつあります。
熟成期間が最大1カ月以上におよぶ熟成魚を提供するすし店が出てきたことや、それに伴い、熟成魚のうまみ成分に関する研究も活発になってきています。
東京海洋大学の「長期熟成魚介類刺身の呈味成分およびテクスチャー」と題した論文は令和2年度日本水産学会論文賞を受賞しました。
この論文内の実験に用いた魚介類はすべて、うまみや甘みを呈するアミノ酸が熟成(実験では約2~4週間)により増加していることが確認されています。
この実験の熟成期間は、途中処置もありますが約2週間~4週間程度で、時間がたってもアミノ酸は増えているということになりますね。
イノシン酸のように4時間~3日経過後から「消失へ向かう」というものではありません。
イノシン酸も興味ありますが、私はアミノ酸が増えて、肉質も柔らかくなっている状態の熟成にチャレンジしたいですね。
熟成の期間が長いほど失敗の可能性も高くなるかもね。
何日くらい熟成すると良いのか?
実はこれ、人それぞれです。歯ごたえのある魚を美味しいと感じる人は、早めに食べる方が良いですし、イノシン酸とアミノ酸が入り混じった時期が好きな人もいるでしょう。
熟成魚は長期熟成に限る!という人もいるでしょう。
「何日くらい熟成すると良いのか」は自分で決めれば即決ですし、白黒つけようなどと考えたら、永久に答えは出ません。
「色々試してみる」のが楽しいのが熟成魚なのではないでしょうか。ただ一つ「食中毒を起こさず、安全に楽しむ」ということだけは、絶対条件ですね。
失敗すると、招く結果は重大です。腐敗してしまう前に頂きましょう。
魚の熟成に失敗しないため注意すべきポイント
うまみ成分の話を聞くと、長期間の熟成させることに夢が膨らみますよね。
しかし昔から魚は傷みやすいとか、生食は注意しなければと言われていることを忘れてはいけません。
魚の熟成に失敗しないため、注意すべきポイントについてみていきましょう。
腐敗菌を付けないこと・増やさないこと
「腐敗菌を付けない・増やさない」最初から最後まで、とにかくこれに尽きるといっても過言ではありません。
- 腐る原因となるものを魚から取り除く
- 腐る原因となる菌を付着させない
- 腐る原因となる腐敗菌の活動や増殖を抑えるために低温管理を徹底する
魚が生きている間は、魚自身の免疫反応が働いているので腐りませんが、死ぬと同時に免疫反応が無くなりますので微生物(菌)に食べられて腐り始めます。
魚介類の生食は、本当に食中毒に気を付けなければなりませんが、以下に続くポイントはすべて腐敗菌を増やさないための処置につながっているといえるでしょう。
出荷される魚は、まず殺菌された海水で魚の表面についている腐敗菌を洗い流しています。鮮度を保つ(腐敗させない)処置は陸に上がった瞬間から始まっています。
常温には放置しない!とにかく冷やす
「常温に放置しない」というよりは、「常温にさらす隙を作らない」くらいの意識でいましょう。ほとんどの腐敗菌は低温では活動できません。
色々な処置はあると思いますが、魚の熟成に失敗しないためには、冷やしておく、冷やしながら行う、を徹底しましょう。
内臓は早く取り除く
腐敗防止のため
「内臓から傷みやすいから早く取り除く」のは、内臓にはたくさんの菌がいるからです。早く取り除きましょう。
ただし、魚に傷をつけるとそこから腐敗菌が入りやすくなりますので、まな板、包丁、手、魚をきれいに洗ってから取りましょう。
内臓を早く取ったほうが良いといっても、釣ってすぐに内臓を取って川や海の水で洗うのはやめましょう。
ばい菌まみれになってしまいますので、きれいな水で洗いましょう!
すぐに内臓が取れない場合は、冷やしながら持ち帰り、速やかに清潔な場所で処置しましょう。
アニサキスによる食中毒防止のため
内臓を早く取ったほうが良いのには、腐敗防止以外にもう一つ理由があります。アニサキスという寄生虫による食中毒を防止するためです。
アニサキスによる死亡例はないのですが、ホタルイカを生食してアニサキス症にかかった知人の話では「死ぬかと思った」くらい苦しかったそうです!
冷凍したり、加熱すれば大丈夫なのですが、生食したいから熟成魚にチャレンジしたいのに本末転倒ですよね。
農林水産省のホームページに掲載されている予防のポイントは以下の通りです。
熟成の成功・失敗以前に、魚介類を生食する際に意識しておいたほうが良いでしょう。
血抜きについて
釣りをする人は「血を抜くこと」もあるかと思いますが、血も栄養が豊富なことから菌が餌としやすく、腐敗しやすい(腐敗に伴い臭いも出る)からでしょう。
丸ごと鮮魚を購入して自分でさばくときに、血合いや鰓(えら)を取り除くのも同じことです。鰓(えら)は呼吸をする器官のため、血が多いのです。
魚の血を抜くのは、以前は生きた魚でしかできないと言われていました。まだ魚の心臓が動いているうちに、心臓のポンプの力を利用して、傷つけた血管から血を抜いていくのですね。
それを神経締めをして心臓を止めた状態~死んだ状態でも、血を抜けるようにしたのが「津本式」です。
美味しくいただくために、少しでも魚が苦しまないようにという、魚に対する優しさも感じますね。
熟成魚が広まりつつあるのは、この人の功績が大きいのではないかと思います。深く知りたい方は本がありますのでご参考までに。
熟成に失敗しないためには、とにかく腐敗菌を付けないこと・増やさないことを徹底することですね。
キッチンや冷蔵庫に入ってからの注意事項
ドリップの処理
魚からはドリップといって、時間がたつと水分が出てきます。このように自由水となった水分があると腐敗菌が繁殖しやすくなります。
染み出た水分が魚に戻らないよう、キッチンペーパーやリードを敷いて、しっかりラップをするか、ペーパーで巻いてビニール袋に入れ真空にして保存します。
「キッチンペーパーはだめ、リードの方がしっかり水分を吸うのでリードを使いましょう」という意見もありますが、魚の状態によるのではないかと思います。
あまりドリップが出てこない魚にリードを巻いたら、うまみがリードに吸い取られてしまったような印象を受けました。
魚屋さんから買ったから、すでに適切な処理がされた良い魚だったのかな?
リードは下に敷くだけにして、ラップで密封したほうが美味しかったかな~という感じです。
逆にドリップが大量に出てくるような魚ならば、キッチンペーパーでは厳しいな思います。
慣れないうちは安全第一なので、うまみが抜けたとか言わず、とりあえず水分管理に集中しましょう。
リードやキッチンペーパーの交換頻度も毎日と言われている方が多いようです。
触ったり、空気に触れたりする機会が増えると腐敗菌が付きやすくなるので、適切に処置をしたら2日に1回でも大丈夫かなというのが実感です。
そうはいっても、ドリップが大量にしみ出て、ペーパーがびちょびちょなら、半日でも取り換えるべきと思います。
そもそもドリップが大量にしみ出る魚が、熟成に向いているかは疑問ですが。
状況により、一概には言えないので、どのやり方が一番良いかは、実際にやってみて自分で感じてみるのが一番かと思います。
簡単に「しみ出る水分は大敵」と覚えておきましょう!
酸化防止
熟成させる際の「敵」は腐敗菌のほかに「酸化」があります。
脂分が多い魚では酸化が進みやすく、色が悪くなったり味が落ちたりするので、空気に触れないようにしましょう。
ラップをしっかりするか、ビニール袋に入れて空気を吸い出してください。
この処置をすることもあり、ペーパーを毎日取り換えていたのでは、せっかく真空にしたのにって思うのです。
冷蔵庫の温度
家庭の冷蔵庫だと、暑い季節ほど冷たい飲み物を取り出すために冷蔵庫の開け閉めが多くなりますよね。
また、庫内にたくさん食品が入っていると温度効率が悪くなります。
冷蔵庫にいれてあるから安心という訳ではないので、温度には気を付けてください。
私は魚をステンレスのバットに乗せて(熱伝導が良いので冷えやすい)、氷水を入れたビニール袋にを上にのせて保存してました。(水漏れには絶対注意)
買ってきてから5日で食べきってしまいましたが、5日間は大丈夫でしたよ!
魚の熟成に失敗?!匂いと見た目と舌先で判断
熟成魚にはじめてチャレンジすると「これって…食べても大丈夫かどうか分からない」という事態に直面することもあるのではないかと思います。
昆布締めの魚をはじめて見た人は、ぬめりや糸を引くのを見て腐っていると勘違いするそうですが、これは食べても大丈夫です。
魚の熟成に失敗してしまったか、食べても大丈夫か、匂い、見た目、舌先で判断する目安についてお伝えします。
魚の熟成に失敗?匂いで判断
魚の熟成に失敗すると、特有の不快な匂いがします。これは腐敗の証拠で、魚が食べられない状態になっていることを示しています。
この匂いは、魚が持つ自然な海の香りや新鮮な魚の香りとは全く異なります。
腐敗した魚の匂いは、一般的には「アンモニア臭」や「腐った卵のような匂い」に例えられますが、もっとも適切な表現は「腐った魚の匂い」ですね。
これは、魚のタンパク質が分解され、アンモニアや硫化水素などのガスが発生するためです。
このような臭いを感じた場合は、その魚を食べるのはやめてください。
魚の熟成に失敗?見た目で判断
先ほど昆布締めの話を少ししましたが、基本的には「ぬめり」と「糸を引く」という症状が見られたら、腐敗が始まっているので、食べるのはやめましょう。
食べられるか食べられないかの判断をする自信がない人は、初めての熟成魚を昆布締めで作るのはとりあえずやめておきましょうね。紛らわしいので。
1~2回、実際にやってみれば何となく「大丈夫か、失敗か」は判断つくようになりますよ。
魚の熟成に失敗?舌先で判断
食べれそうだけど、念のために火を通してから食べよう(そうすれば安心)という状況もありますよね。
ところが熱を通しても食中毒になることがあります。ヒスタミンによる食中毒です。
ヒスチジンというアミノ酸が多く含まれる赤身魚とその加工品に発生しやすいのが特徴で、ヒスタミン産生菌の増殖によりヒスタミンが生成されることで起こります。
一度生成されたヒスタミンは、熱を通しても分解されず、食中毒を起こします。
菌の働きにより起こる食中毒なので、予防法は基本的に鮮度管理と同じです。
どうやって判断するかですが、食べると舌がピリピリします。ピリピリという表現が合わないとしても、唇や舌にいつもと違う刺激を感じたら食べるのをやめましょう。
まとめ
生魚は新鮮なうちに食べなければならないという常識が覆りつつある熟成魚ブーム。
しかし、家庭で行うには食中毒のリスクと背中合わせです。とはいえ、基本的には腐敗菌を繁殖させなければ熟成はできます。
注意すべきポイントと、失敗したときの判断基準があれば、心強いでしょう。以下に整理します。
- 腐敗菌を付けない・増やさないを、最初から最後まで徹底
- 腐る原因となるものを魚から取り除く(内臓、鰓、血)
- 腐る原因となる菌を付着させない
- 腐る原因となる腐敗菌の活動や増殖を抑えるために低温管理を徹底する
- 低温管理は、釣ってからor購入してから家までと、家に帰ってからの冷蔵庫の温度も注意。
- 過剰な水分も腐敗の原因になるので、ドリップの吸い取り除去も重要
- 酸化も熟成の大敵。真空で保存する。
- 熟成に失敗したか否かは、匂い、見た目、舌先で判断できる
熟成魚は美味しさを楽しむばかりでなく、保存の技術にもつながります。食材を無駄にしないよう、勉強を重ねていきましょう。
コメント